科学研究費補助金基盤研究(A) ヴォルガ文化圏とその表象をめぐる総合的研究

|
|
本研究の目的 本研究はロシアにおける河川と文化の係わり合いの多層的・多義的な様相を解明する作業の一環として、ヴォルガ川の文化的機能、およびその表象のあり方を現代文化学・文芸学の観点から総合的に研究することを目的とする。 研究の学術的背景:河川国家ロシアとヴォルガ ロシアは巨大な河川国家であり、世界の大河川上位34のうち6つの河川(レナ、エニセイ、オビ、ヴォルガ、オレネク、コルィマ)を領域内に含んでいる。他の地域と同様、河川は生産、交通、交易、情報伝達といった多様な面で文明圏の形成に貢献し、風土や景観の構成要素としての面も含めて、文化の基盤となってきた。とりわけロシアの社会文化の発展に大きな意味を持ったのは、ウラル山脈以西のヨーロッパ部の河川である。古くキエフ公国の時代はバルト海から西ドヴィナとドニエプルを伝って黒海・地中海に抜ける水系が大きな意味を持ったが、中世以降モスクワ・ロシアが東方に拡大していくにつれ、圧倒的に大きな意味を持ったのはヴォルガ川だった。 1) 文化生成の場としてのヴォルガ流域
2) ヴォルガ・イメージの多義性と機能 文化史はイメージ構築の歴史であり、ヴォルガも歴史の中で矛盾をはらむ複雑なイメージ層を形成してきた。中世以降の基本イメージとして、ヴォルガ上流は文化的聖域としての北ロシアへの入り口、中・下流域はアジアとの接点・ロシア化されるべき未開への入り口であった。17・18世紀には、ステンカ・ラージンやエメリヤン・プガチョフによる、民衆反乱の舞台としてのヴォルガ・イメージが加わった。一方で民衆のフォークロアから「母なる川」のイメージが生まれ、18世紀の頌詩は悠久なる帝国の川のイメージをはぐくんだ。国民性の追及が文学芸術のテーマとなっていった19世紀後半、ヴォルガは国民のメンタリティを映すロシアの川、最もロシア的な空間としてのイメージを獲得していく。このイメージは20世紀の文芸諸ジャンル、とりわけ『ヴォルガ・ヴォルガ』(アレクサンドロフ、1938)などのソ連映画によって増幅された。第二次世界大戦ではスターリングラード(ヴォルゴグラード)におけるナチス・ドイツとの死闘が、国防の最後の砦としての強烈な愛国的ニュアンスを付与した。本研究はこうした多義的なヴォルガ・イメージの背景とその機能を、文化記号論的に整理し、性格づける。 3) 東西文化論にとってのヴォルガ ロシアは国家の西方(リトワニヤやポーランド)に向かっては大ロシア、小ロシア、ベラルーシを含めた東スラブ国家としての顔を向け、東方に向かっては、フィン・ウゴルやテュルク系民族を包含した多民族国家としての顔を向けてきた(アレクセイ・ミレル「ロシア・ナショナリズムの想像力における帝国と国民」http://www.zlev.ru/61_36.htm)。モスクワ国家の東辺をなす沿ヴォルガ地域はその場合、コーカサスと並ぶ文化的フロントとして、ヨーロッパとアジアをつなぐ多民族帝国ロシアを象徴する場となる。興味深いことにヴォルガ中・下流に住む非ロシア系住民も、この地域を文化接触の前線と意識し、「ヨーロッパとアジアの十字路」といった表象を積極的に使用している。本研究はこのような多民族的ヴォルガの表象が、スラブ主義やユーラシア主義を含め、東西文明の中でのロシア文化の位置づけをめぐる諸論に果たす役割を研究する。 |